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【デジタル広告の未来#04】メディアの価値は「信頼」から生まれる NASDAQ上場のTNLメディアジーンに聞く

【連載:デジタル広告の未来】
フェイクニュースや生成AIを悪用した記事など悪質なメディアが氾濫するインターネット環境で、今「デジタル広告」が果たすべき役割、そして求められる変革とは?良質なメディア環境の実現を目指す広告・メディア企業が立ち上げた「クオリティーメディアコンソーシアム」に加盟する各社へのインタビューを通じ、その課題と未来を連載する。

紙媒体からデジタルへいち早く転換し、「ビジネス インサイダー ジャパン」「ギズモード・ジャパン」などのWebメディアを展開してきたメディアジーンは、変化の激しいメディア業界の荒波を乗りこなしながら成長を続けてきた。台湾のTNLグループと経営統合した翌年の2024年12月には「TNLメディアジーン」として、NASDAQ市場への上場を達成。世界に挑戦するメディアの価値と強さの源泉を、代表の今田素子氏に聞いた。

Speaker

TNLメディアジーン社長・COO / 株式会社メディアジーン代表取締役 CEO

今田 素子

出版業界にて、書籍・雑誌の編集発行・海外版権交渉などに関わった後、1994年に「WIRED」日本版の立ち上げおよびビジネス・マネージャーを務める。その後独立し、1998年にオンラインメディア企業の株式会社メディアジーン(旧インフォバーングループ本社)を創業し、2015年にはデジタルエージェンシーの株式会社インフォバーンを新設分割により設立。2023年にTNLメディアジーンを共同創業、COO及び社長に就任。

信頼してもらえる「メディアの人格」をどう形作るか?

「元々出版社で紙の雑誌を出している中で、テクノロジーを使った出版や『WIRED』の日本版の立ち上げなどを経験し、『情報はいつか全部デジタルになる』と感じたんです」

雑誌から、Webの世界へ。1998年の創業以来、メディアジーンが生み出してきたWebメディアは多彩だ。最新のテクノロジーやガジェットを紹介する「ギズモード・ジャパン」。経済や金融ニュースを発信する「ビジネス インサイダー ジャパン」。仕事や暮らしのアイデアを届ける「ライフハッカージャパン」。快適なライフスタイルを提案する「ルーミー」……。ジャンルの垣根を超えた媒体を複数展開していく独自のスタイルには、今田氏の出版社経験が活きている。

「出版社は色々なターゲットに向けて、読みたいものや、コミュニティーを作るような感じで雑誌を出していきます。その延長線として、Webでもメディアのポートフォリオを増やしていくことはとても自然な流れでした」

変化の大きいメディア業界の中でも成長を続けてきた背景には、徹底したユーザー目線とそれに合わせた柔軟なメディア運営がある。「『本当に大事なことは何なのか』ということを軸に、時代の移り変わりに合わせて変革し続けていく。 大事なこと、信頼される情報を、ちゃんとユーザーが受け取りたい形で届けていくことが必要なので、受け取る形が変わったらそれに合わせてメディアの形を変えて届ける、ということにフォーカスしてきました」

インプレッション目的の低品質なコンテンツも多かったWebメディアの世界で、こだわってきたのはメディアとしての「信頼性」だ。「私たちが大切にしているのは、『メディアは、人の人生に影響を与えうる存在である』という考えです。メディアの情報が誰かの人生を変えるきっかけになるかもしれない。だからこそ、情報の正確性や透明性に責任を持つ必要があると考えています。

もう一つ大切にしているのは、読者の目線。受け取る側と同じ目線に立ち、一緒にものを考えるということです。今は個人でも発信する人たちがいる中で、どうやって『これは信頼してもいいメディアだ』と思ってもらうか。 それは読者に『自分と近い、自分と同じだ』と思ってもらえるところから生まれるんじゃないかと思っています。読者と同じように疑問を持ち、同じように楽しむ。その上で、メディア企業でしか調査できない情報を届けていく。メディアは人格だと思うので、それをどう形作っていけるかがとても大事なんです」

縮小する日本市場、世界の中国語ユーザーもターゲットに

複数のWebメディアを同時展開し、それぞれのメディアの性格に合わせてEコマースや商品開発などにも事業を広げてきたメディアジーン。国内で順調にユーザーを伸ばしてきた中で、メディアの継続と成長のために今田氏が選んだのは、海外市場への挑戦だった。

「事業を長く継続させていくことを考えると、自分だけではいつか終わりが来てしまいます。次につなげていくためにもっと機会を広げたい思いがありましたが、日本で、一社だけでこの荒波の中を成長し続けるのはすごく難しいなと感じていました。今後日本の人口は減っていき、日本語だけで発信していれば読者が少なくなっていくのは数字にも明らかです。事業を継続させるために何をすればいいのかということを考え、逆算していった中で、海外、そして上場という選択肢がありました」

2023年5月には台湾のメディア企業・TNLグループと日本のメディアジーンが経営統合し「TNLメディアジーン」が誕生。その翌年、同社は2024年12月にアメリカの特別目的買収会社(SPAC)ブルーオーシャン・アクイジション・コーポレーションとの企業結合を完了し、NASDAQへの上場を果たした。TNLグループとの経営統合によりグループ全体で約4000万ユニークユーザーへのリーチが可能となり、今後は世界中に存在する中国語話者に向けてコンテンツの横展開を積極的に進めるという。

日本・台湾それぞれで多様な分野とターゲットをカバーするメディアブランドを展開してきた両社による経営統合。今田氏は「アセットが増え、多様なリソースを組み合わせて新たな事業創出ができる機会が飛躍的に拡大した」と、その効果を評価する。

「メディアブランドを多言語展開していくことや、他国の知見や文化を取り入れて事業を成長させていくことは、ずっと必要なことだと思っていましたが、以前は言語の壁があり、なかなか実現できませんでした。ところが今では、その壁を乗り超えるAIが出てきて、大きなチャンスが生まれています。台湾のTNLとの経営統合、そしてNASDAQへの上場では、成長のためにさまざまな要素をビジネスにインストールし、お互いが影響し合って成長していく機会を生み出すはずです。アジアのメディア企業として、世界に正しい、信頼される情報を発信していきたい」

メディアのブランド力と信頼が、広告価値の指標になる未来へ

今後の海外展開において強みと考えている一つが、メディアジーンが培ってきた独自のコンテンツコマースのノウハウだ。今田氏はデジタルの世界でも、メディアの信頼とブランド力が広告価値の根幹になると確信している。

「デジタル広告は定量的に数値を出すのは得意ですが、定性的な要素が評価されにくく、ブランディングの価値が十分に伝わらないことがあります。数値に現れないものは誰も判断できず、効率化だけが進み、情緒や人間の気持ちが含まれない結果だけが重視される状態になっています。ですが、私たちはそれとは異なる方法ーメディアへの信頼性から生まれるブランド力ーで売上を上げた実例をたくさん持っています。
そこには運用型広告でクリックレートを上げていくのとは全く違う文脈の広告価値があることは間違いなく、海外でもきちんと価値として提供していきたいです。それは従来の雑誌が行ってきた方法ですが、デジタルでも実現することが重要だと考えています」

PVやインプレッションといった数値だけを広告の指標とすれば、フェイクニュースや悪質なメディアなどに広告が流れることにもなりうる。それが本当に広告主のためになるのか、と今田氏は投げかける。「これまでテレビ、新聞、雑誌、ラジオなどでは、広告主や代理店がリスクのある媒体に広告が出ないよう、出稿先を慎重にコントロールしてきました。しかし、デジタル広告は最大の広告媒体になった今でもコントロールが十分ではなく、規制も効いていません。本来は広告主、代理店、プラットフォーマー、メディアといった業界全体が一緒になって大きなブランドを守ることをしないといけない」

メディアの質を保ち、社会に価値のある情報を生み出していくためにはーー。今田氏はBI.Garageと大手メディアが結成し、Webのコンテンツと広告双方の価値向上を追求する「クオリティメディアコンソーシアム」の取り組みの意義を語る。

「コンテンツがどれだけの労力とネットワークから生み出されているのか、一般の方には想像できないかもしれません。AIで簡単に生成できると思われがちですが、本質的な部分はそこではない。その本質的な価値を作り出している集団がクオリティメディアコンソーシアムのメンバーだと思っています。メンバーは守るべき価値が何かを理解し、情報発信の重みを認識しています。そうしたメディアからは、信頼やエンゲージメントが生まれます。このコンソーシアムでは一定のコンテンツの質を担保し、安全な広告を発信できる状態を作っているといえるので、こうした場所でプロモーションが展開されてほしいと思います」

Webメディアと広告を取り巻く環境は、少しずつではあるが変化している。「現状は悪いですが、だからこそ良くしていかざるを得ないし、必ず良い方向に向かうと信じています。クオリティメディアを作る皆さんと一緒に取り組むことで、社会に貢献し、企業の経済合理性にも合致し、民主主義も守ることができる未来があると信じています。私たちとしては、これからも信頼されるメディアであり続け、コアを失わずに、新しい成長の道を見つけたいと考えています」

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クオリティメディアコンソーシアム

BI.Garageが有力メディア32社と共同運営し、日本のデジタル広告の品質の改善に注力する組織。広告掲載メディアと掲載広告双方のクオリティを追求できる唯一の広告配信ネットワークとして、最高品質の広告の提供を強化している。

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