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【デジタル広告の未来#03】朝日新聞が問う、デジタル時代の「新聞」と広告の価値

【連載:デジタル広告の未来】
フェイクニュースや生成AIを悪用した記事など悪質なメディアが氾濫するインターネット環境で、今「デジタル広告」が果たすべき役割、そして求められる変革とは?良質なメディア環境の実現を目指す広告・メディア企業が立ち上げた「クオリティーメディアコンソーシアム」に加盟する各社へのインタビューを通じ、その課題と未来を連載する。

インターネットの登場、スマートフォンの普及、生成AIの発展……。急速なデジタル化の中で、新聞社は大きなビジネスモデルの変革を迫られてきた。その中で多くの試行錯誤を重ねてきた新聞社の一つが、朝日新聞だ。

インターネット黎明期のasahi.com(アサヒ・コム)に始まり、外部メディアの買収、スマホ時代の新聞コンテンツの変革ーー。さまざまな施策を続ける中で見えてきた、デジタル時代の「新聞」や広告の価値とは。朝日新聞執行役員でデジタル事業・IT戦略担当兼メディア事業本部長の高野健一氏に、デジタル施策の変遷を振り返りながら語ってもらった。

Speaker

株式会社 朝日新聞社 執行役員 デジタル事業・IT戦略担当兼メディア事業本部長

高野 健一

1996年入社。2000年からデジタル部門に所属し、iモードへのニュース配信などデジタル施策を担当。2018年より「バーチャル高校野球」など新規事業を担当するデジタル・イノベーション本部アライアンス事業部の部長を経て、2019年にCNETやCNN日本版を運営する朝日インタラクティブ株式会社の代表取締役社長に。2021年より朝日新聞社執行役員。

自由な社風が生み出した、ネット黎明期の「asahi.com」

インターネット利用が一般化する契機となった「Microsoft Windows 95」が発表されたばかりの、1995年。ネット黎明期とも言える時代に、朝日新聞はいち早く無料で読めるニュースサイト「asahi.com」を発表した。伝統ある紙媒体がデジタル化への一歩を踏み出した瞬間だったが、意外にも制作の音頭をとったのは社内の数人の「有志」だったという。

「先輩方の中で、数人の有志が集まって開発されたんです。その部門だけ使っているパソコンが全員Mac、という突き抜けたチームができて。当時は『.com』ドメインが日本では取れず、アメリカ・カリフォルニア州のサンノゼにサーバーを立てたり、HTMLを直に書いてページを作ったりしながら始まったそうです。朝日新聞は非常に自由で民主主義的な会社なので、本社の方針でというより、先進的な考えのある先輩が自由におもしろがってできちゃう、そういう社風やカルチャーが生み出したものでした」


オープン当初のasahi.comトップページ(朝日新聞社提供)

利益よりもまず先進性やおもしろさを追求した姿勢は、思わぬ展開を呼ぶ。NTTドコモから、同社の携帯電話に搭載する「iモード」に朝日新聞のニュースを配信できないかと打診が来たのだ。

「私が携帯電話事業チームに配属されたとき、弊社の携帯電話向けニュースサイト『朝日・日刊スポーツ』は利用者が100万人を超えており、何か事件事故があった日には会員数が数千人や1万人単位で増えていました。先輩方から学んだのは、何か突き抜けた取り組みをしていないと世の中のおもしろい人を惹きつけないし、新しいことをしていると『朝日さんなら多分作れるだろう、相談してみよう』といろんな声がかかるということ。その姿勢を忘れないために、今も先輩方の作った『asahi.com』の設立文書はスマホに保存しています」

紙の減少とデジタル化の最中、新たなビジネスモデルを探って

当初は社内の有志が牽引したデジタル化だったが、その後、朝日新聞は社としてインターネット上のさまざまな施策を仕掛けていく。ハフィントンポスト(現、ハフポスト)やCNETなど海外ネットメディアの日本版の展開や、「withnews」に代表される独自ネットメディアの立ち上げ、自社コンテンツを活用した新規事業「バーチャル高校野球」など、その挑戦は多岐に及ぶ。

ただ、朝日新聞の真のデジタル化は「朝日新聞本紙」の変革から始まったと高野氏は振り返る。「以前は報道のど真ん中の人はやはり紙をずっと見ていて、『本丸』は動かしづらい面があった。あくまで報道の脇にデジタルのチームを作って、そこがデジタルのサービスを作るという体制でした。それが、報道そのものがデジタルを向くように変わってきました」

2012年「asahi.com」の終了と同時に始まった「朝日新聞デジタル」は、その一つの契機となった。「ずっと無料配信モデルでやってきましたが、どうしてもサイトの広告収益だけで会社を支えるには限界が見えてきた。インターネット上のサブスクリプション課金に挑戦しようと舵を切ったのが、朝日新聞デジタル立ち上げのきっかけになりました」と、高野氏。

「正直現状では、新聞の発行部数の落ち込みを完全にカバーするような売り上げをデジタルのサブスクでカバーするのは難しい。それでも、朝日新聞の将来あるべき姿を考えると、やはりしっかりとジャーナリズムをやり、それを通じて世の中を良くする会社でありたい。新聞の部数が減っていくのは明らかですが、その中でもやはり違う形で、我々が取材した中身をお客様にちゃんと届けたい。それを届ける最適の手段やサービスはきちんと作らないといけないし、そこに力を入れないという選択肢はない」

PVではなく、読者満足度を独自の「朝デジスコア」で計測

広告収益を頼りに運営する無料のニュースサイトでは、とにかく大量のページビュー(PV)を集めることで広告収益を稼ぐ、いわゆる「PV至上主義」に陥りがちだ。一方で、サブスクモデルに転換した朝日新聞が最も重視するのは、有料会員の満足度の向上だ。その達成のため、独自の施策を作り上げてきた。

その一つが、記事を評価する独自の指標「朝デジスコア」だ。PVだけでなく、例えば記事の読了率や、記事をスクラップした人の数、記事のプレゼント機能が使われた数など多数の指標を組み合わせ、総合的な評価を「朝デジスコア」として算出し、コンテンツ制作、マーケティングに活用しているという。

「PV狙いの記事がお客さまのためになるかというとそれは違うし、インパクトを重視するあまり、記事に誤解を生むような見出しを付けてしまうこともある。私たちはお客さまに事実を正確に伝えなければなりません。入会したお客様が長く、満足できるような記事を書く記者が一番だ、という基準で評価しています」

読者とのつながりを強めるため、記事の信頼性を高め、読者のエンゲージメントを促進するような取り組みも進めている。最近では記者がプロフィールを公開するようになり、読者がアプリ内で記者をフォローできる機能を搭載。お気に入りの記者の過去の執筆記事や活動記録を追えるほか、記者にメッセージを送ることもできるようになった。

こうしたデジタル施策を支えるための技術チームも強固だ。新聞社の中では珍しくエンジニアチームを社内に有し、アプリ開発などを内製化。サービス改善の必要があれば、1〜2週間で反映できる体制が作られているという。「技術や開発体制は伝統的なメディアというより、IT企業の方に近い。大手IT企業から転職してくるエンジニアも多いですが、だいたい『こんなモダンな開発してたんだ』と驚かれますね」

「朝日に載っているカニはおいしい」?メディアの信頼と広告効果

センセーショナルな内容でPVを伸ばそうとする「アテンションエコノミー」から脱却し、デジタルならではのコンテンツやコミュニケーションの質を高めることで、読者の満足度向上をめざす。こうして読者の信頼を積み上げていく試みは、媒体の広告価値の向上にもつながるはずだと高野氏は話す。

「昔、新聞広告を読んだお客さんから『朝日新聞に載ってるカニなら身が詰まっててうまいよな、と思ってカニを頼んだ』って言われたことがあるんです。さすがにカニの身まで食べて広告審査はしてないけどな…とは思いましたが(笑)、でも例えば、『北海道で一番うまい』という表現をするのであれば、お客様に説明できるエビデンスを示してくださいとか、厳密な審査をしてるので内容が担保されている。そういった、普段からの朝日新聞という媒体への信頼があるのだと思います」

インターネット上の大手プラットフォーマーが展開する自動運用型広告では、デマや倫理的な問題を孕む広告が常態化している。朝日新聞では掲載する広告に独自の厳しい基準を設けているほか、自動運用広告についても不適切な内容を制御する独自のシステムを開発して運用している。

高野氏はこうしたネット広告全体の課題について、BI.Garageと大手メディアでつくる「クオリティーメディアコンソーシアム」が一丸となり変えていかなければならないと指摘する。朝日新聞も加盟する同団体は昨年10月、「クオリティーメディア宣言」を共同で発表。「混沌として、不信の感情に満ちたインターネットメディア環境において、ユーザーの情報への信頼と広告への共感を確実に得られるコンテンツメディア集団を目指す」として、日本のデジタル広告の品質改善に注力することを宣言した。

「広告掲載について、安易に収益が上がりそうだからという判断はせず、本当にお客様や世の中のためになるのかを基準にブレーキをかけられるのがクオリティーメディアコンソーシアムの加盟社だと思います。デジタル広告の闇や課題を一般読者やクライアントにも理解してもらえるよう、当事者としてちゃんと発信して世の中に出さなければいけないとも思っています」

伝統メディアが培ってきた厳しいチェック体制とそれに基づく高い信頼性こそが新聞の価値だと、高野氏は語る。そしてそれを守るためには、常に世の中の進化に合わせて新聞の「届け方」をアップデートし続けることが重要だという。

「例えばこれから生成AIが普及して、ブラウザで検索するのではなくアプリを立ち上げて自然言語で質問するようになったとき、そこに朝日新聞が出てこないと、メディアとして存在しないものになってしまいます。新しいデバイスや商流、技術に常に柔軟に対応してキャッチアップし、届け方を変化させていく。その姿勢が、これからも求められると思います」

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クオリティメディアコンソーシアム

BI.Garageが有力メディア32社と共同運営し、日本のデジタル広告の品質の改善に注力する組織。広告掲載メディアと掲載広告双方のクオリティを追求できる唯一の広告配信ネットワークとして、最高品質の広告の提供を強化している。

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