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New Context
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報道によると、公正取引委員会は巨大IT企業の取り締まりや調査を担当する新しい部署を2025年4月に設置する方針を固めた。海外に続き、日本でもIT分野で自由な競争を促す法案が成立し、巨大IT企業が築き上げてきたITの世界は徐々に「新しいITの世界」へと変わりつつある。
自由な競争が促進されるこれからの「新しいITの世界」は、どんな世界になるのだろうか?新潮流の中で生まれつつある「アプリ外課金サービス」を例に、その世界を考えてみたい。
日本のスマートフォン所有者で、iPhoneやAndroidと呼ばれるもの以外を使っている人はどの程度いるだろうか。スマートフォンにおけるOSのシェアをみると、世界規模でiOS(Apple社)とAndroid(Google社)が99.8%を占める。この2社を含めたビック・テックと呼ばれる企業は、あらゆるシーンで基盤となる仕組みを提供してくれるプラットフォーマーだ。その優れたIT技術と高いシェア率を活用したビジネスで、我々の住む世界を便利で豊かな世界へと発展させた。
しかし、高いシェア率という強みは、言い換えれば他企業の参入など「自由な競争が難しい」状態であり、新たな事業機会が生まれにくいのも事実だ。この課題をクリアすることで「自由な競争の促進につながり、より良いサービス・社会が誕生する」というのが、「新しいITの世界」の一要素だ。
「新しいITの世界」へ向けた動きは、グローバル規模で活発になっている。EUでは、自由な競争に向けた法案が既に施行されている。デジタル市場法(DMA)だ。対象企業も定めており、検索やアプリストア、SNS、ネット販売等で自社優遇の禁止、データの開放が義務付けられた。英国でもデジタル市場・競争・消費者法案が2024年5月に成立。EU・英国では今後、執行のための対応人員をさらに増員する見込みだ。
日本でも2024年6月に「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以下、スマホソフトウェア競争促進法)が成立し、2025年中に施行予定だ。対象企業は現状「一定規模以上の事業社」だが、EUと同じような企業が対象と考えられる。公正取引委員会が設置予定の新部署はこの法律の執行などを担い、デジタル分野の外部人材も増強して体制を整える計画という。法案成立後、国内のIT業界7団体は法律を支持する共同声明を発表。現在公正取引委員会は法案をめぐり、アプリ事業者から意見を公募している。
スマホソフトウェア競争促進法の対象は、デジタルサービスDMAよりも狭い範囲となる、アプリストア、ウェブブラウザー、検索エンジン、基本ソフト(OS)だ。アプリストアを例にすると、これまではアプリケーションソフト(アプリ)の公式なダウンロードはApp StoreかGoogle Playに限られていた。(※Android機種では設定によりGoogle Playストア以外でもダウンロード可能)
スマホソフトウェア競争促進法施行後は、この2つ以外のアプリストアからもダウンロード可能になる。消費者にとっては選択の余地が生まれ、新しいアプリストアの開発促進につながるほか、アプリ事業者にとっては手数料(現在は30%程度)が現在より下がる可能性がある。
ただ、App StoreやGoogle Playはセキュリティやプライバシーが担保された環境だったことは事実であり、法案の施行がどのような影響を与えるのかは注意深く見る必要がある。
現在「新しいITの世界」に向けて特に積極的なのが、ゲーム業界だ。日本ではマンガアプリの成長率も著しいが、世界的に見てもアプリの中で最も人気を集めるカテゴリーは「ゲーム」だからだ。
2024年夏には、アプリストアに大きな動きがあった。人気ゲーム「フォーナイト」を開発する米国のEpic Gamesが8月に独自のアプリストア「Epic Games Store」のモバイル版の提供を開始したのだ。iPhone版をEU圏内で、Android版は全世界に向けての配信である。AppleがApp Store以外のアプリストアを認めているのは現状EUのみだが、スマホソフトウェア競争促進法の施行に合わせるように、2025年には日本でもiPhone版を立ち上げる見込みもある。
また、アプリ事業における収益モデルとして、「課金」も忘れてはならない。例えばゲームならアイテムの購入、動画や音楽ではサブスクリプション費用もこれにあたる。
2022年3月末から、Appleは動画や音楽、電子書籍、新聞などを視聴・閲覧する「リーダーアプリ」の外部サイトに誘導するためのリンクを許可した。これにより、外部企業が提供する決済システムを使いやすくしたのだ。しかし、売り上げ規模の大きいゲームは対象外だった。2024年1月には、米国版App Storeポリシー改定で米国内では外部決済へのリンクを許可した。ただ手数料は以前と変わらず、Apple独自のアプリ内決済システムも使えるようにしておく必要があったため、アプリ事業者がどの程度前向きに利用したかは疑問が残る。
では、日本のゲーム業界では何が起きているのか。日本では法案の施行を待つ段階ではあるが、アプリ開発者向け規約「App Store Reviewガイドライン」と「Google Play のお支払いに関するポリシーについて」に基づいたサービスの開発が進んでいる。アプリ内に決済用webサイトのURLを表示することなどは禁止だが、どちらも「アプリ外ではアプリ外での料金支払い方法を紹介できる」としている。つまり、メールやSNS等、各社webサイトを通じた紹介が可能になっているのが現状だ。
この規約に基づき、日本のゲーム企業でも大企業を中心に独自のアプリ外課金の仕組みをつくり、運用する動きが始まっている。ユーザー側は、これまでのアプリストアよりもお得にアイテムを獲得できる仕組みだ。そしてゲーム企業側は売上規模が大きいほど、これまでアプリストアに支払っていた手数料が安くなるメリットを享受することができる。
ゲーム企業独自の運用以外では、複数企業のゲームアイテムをアプリ外で購入できるサービス「AppPay(アプリペイ)」が誕生している。アプリペイでは2024年8月末現在、10のゲームのアイテムが購入可能だ。アプリ事業者がアプリペイに支払う手数料は現在5%〜となっており、アプリストア内での決済と比べると非常に安価だ。さらに、サービス内で決済システム構築・提供は無論のこと、webサイトの提供もしており、ゼロから新システムを構築するハードルがない。比較的中規模のゲーム企業にも使いやすいサービスと言えそうだ。
国内初(※1)のオンラインショッピングモールサービスであるアプリペイのサービス開発担当者は「25年以上に渡り決済事業に取り組み、年間決済取扱高6兆円超えのデジタルガレージグループならではのサービス」だと語る。デジタルガレージグループでは、電子契約など想像し難かった不動産業界へのFinTechサービス展開、企業間取引決済サービスの展開等、新しい領域への挑戦を続けている。アプリペイも、そんなデジタルガレージだからこその未来への一歩であり、巨大IT企業がつくってきた世界の当たり前を変えるきっかけになると信じ、事業を展開している。
法案の施行まで、1年と数カ月。諸外国を追うように法案の周辺整備を続ける日本は、どのような世界を迎えるのだろうか。AppleやGoogleがつくってきたITの世界は決して悪い世界ではない。スマートフォンを取り巻くイノベーションのフェーズが上がり、新しい事業機会が生まれる。そんな「新しいITの世界」が、目の前に見えているのではないか。
※1: 国内事業者としてゲームアイテム向けのモール提供は初、2024年6月3日時点 当社調べ