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ホテルで導入進む「自動精算機」が宿泊業界DXの布石になる

コロナ禍での非接触ニーズの高まりと慢性的な人手不足を背景に、ホテル業界でフロント業務のデジタル化が加速している。中でも急速に進んだのが自動精算機の導入だ。フロント業務の自動化を皮切りに、宿泊体験のDXは今後どのように進んでいくのだろう。この変革を牽引するANA Digital Gateの齋藤玲子氏に聞いた。

Speaker

ANA Digital Gate株式会社 イメントソリューション部 営業推進課 課長

齋藤 玲子

2019年2月全日空商事株式会社に入社し、ANA Digital Gate株式会社へ出向。ANA Digital Gateが提供する「mPOSサービス」の加盟店への提案営業を中心に、POSメーカとの端末連携、カード会社との協業なども推進。

ホテル業界で飛躍的に伸びる自動精算機の導入

かつて、ホテルのフロントで長蛇の列に並んだ経験はないだろうか。チェックインの手続きに申告書の記入、クレジットカード情報の登録、そしてルームキーの受け取り。滞在中の問い合わせ対応に、チェックアウト時の精算業務。これらはすべて、人の手を介して行われてきた。しかし、その光景が変わりつつある。フロントに設置された機械に、チェックインに必要な情報を入力し、部屋代をその場で支払う。多くの場合、機械からルームキーを受け取り、後は客室に直行する。わずか数分で完了するセルフサービスだ。

こうした自動精算機の導入が、ホテル業界に新たな波を起こしている。もともとはチェックイン機能のみを備えたものだったが、昨今はクレジットカード決済端末を内蔵し、精算まで機械で完結できるタイプが主流になっている。フロントの人員を大幅に削減できるため、ホテル側の業務効率化に大きく寄与しているのだ。

ANA Digital Gateの決済端末を搭載したホテルの自動チェックイン機

ANA Digital Gateで事業を担当する齋藤玲子氏は、こうした自動精算機の普及の背景について、ここ3〜4年で起きたいくつかの社会的要因があると話す。

「一番大きいのは新型コロナウイルス感染症の拡大です。人と人との接触を減らすため、非対面でのサービス提供が求められるようになりました。さらに、慢性化する人手不足とコロナ禍の打撃で、人員削減をせざるを得ない宿泊施設への対応策としても注目されました。

そして普及に欠かせなかったのは政府からの後押しです。コロナ禍でのホテル支援の一環として、自動精算機の導入に補助金が支給され、あらゆる宿泊施設がコロナ禍でのサービス改善に役立てることができました。ここへキャッシュレス決済の普及がさらなる追い風となり、ホテルのフロント業務はデジタル化が加速していったのです」

深夜帯のフロントスタッフ集約やセキュリティ強化に効果

こうした自動化の成果は、すでに目に見える形で表れ始めた。ANA Digital Gateのカードリーダーが連動した自動精算機を導入したビジネスホテルでは、深夜帯のフロントスタッフを削減。周辺の系列ホテルと共同で、一つの拠点に人員を集約したという。以前は各ホテルに数名ずつフロントスタッフを配置していたが、今では夜間であれば一人で3軒程度をカバーできるようになった地域もあるようだ。

さらに、自動化の恩恵はセキュリティ面でも発揮されている。自動精算機の導入で現金の取り扱いが減れば、それだけ防犯リスクも下がる。両替の手間やレジ締めの負担から解放され、スタッフはよりクリエイティブな業務に専念できるというわけだ。

「ANA Digital Gateではホテルチェックイン機で国内トップシェアを誇る日本NCRビジネスソリューションと連携し、チェックインから決済までをワンストップで提供する自動精算機のソリューションを開発しています。導入施設数はコロナ禍で劇的に飛躍し、国内450以上のホテルに導入されました。現在も1ヶ月に10施設以上のペースで増え続けている状況です。それだけ自動化が求められているのだと実感しています」

飛躍的な導入数の伸びには、ANA Digital Gateのカードリーダーが一役買っている。ホテルで使っていた既存端末と接続するための開発が比較的容易なため、スムーズなシステム連携が可能だ。実際に宿泊施設以外でも導入が進んでおり、ゴルフ場のチェックインやアミューズメント施設の入場券購入など、決済端末を軸として様々な業界でDXの一手となっている。

ホテルDXを次のステージに導く技術とは

DXの次なるステージとして期待されるのが、生体認証技術の導入だ。指紋や顔、虹彩などの身体的特徴で本人確認を行うことで、セキュリティと利便性を両立できる可能性が広がっている。ANA Digital Gateでは、ゴルフ場での実証実験を先行して進めており、指の静脈パターンをあらかじめ登録しておけば、来場時にはほぼノンストップでチェックインが完了する。

ただ、課題もある。ゴルフ場のように同じ顧客が繰り返し利用する施設では導入しやすいが、ホテルは1回限りの利用客も多いだけに、運用には工夫が必要となる。今後のホテルでの体験について、齋藤氏はこう語る。

「より先の未来を見据えると、オンラインで事前にチェックインと決済を済ませる非対面のサービスが主流になるかもしれません。ルームキーもデジタル化されれば、もはや精算機すら不要になる日が来るでしょう。キャッシュレス決済とクーポン発行を組み合わせることで、顧客の満足度向上とリピート率アップを狙うこともできるようになるかもしれません。そうした未来を見据え、私たちがどんな体験を提供できるかを日々考えているところです」

もっとも、DXの真の目的は「効率化」だけではない。むしろ、ホテルにおいては「おもてなし」の質を高めることこそが大切ではないだろうか。たとえば、オンラインでの事前予約の段階で、枕の硬さやアメニティの種類、室温など、宿泊者の細かな好みを把握しておく。

そうすれば、ホテル側はそれをもとに最適な部屋づくりを進められる。「禁煙」「ベジタリアン」といった要望にも的確に応えられるはずだ。さらにAIと協働すれば、過去の利用履歴から趣味嗜好を分析し、パーソナライズされたサービスを提案することも可能になるだろう。フロント業務のデジタル化は、顧客との関係を深め、リピート率を高めるチャンスでもあるのだ。

こうした流れの先には、よりシームレスな宿泊体験が待っている。オンラインで予約と決済を済ませ、あとは指定された時間に部屋の前に行くだけ。スマートロックを生体認証で解錠すれば、その瞬間からステイが始まる。キャッシュレス化が進めば、ホテル内の買い物もスムーズになるだろう。レストランでの飲食代もルームチャージとし、最後にまとめて精算する。面倒な支払いのやりとりから解放され、ゲストはより快適な時間を満喫することができる。

豊かな宿泊体験のカギは「全体最適のDX」

もちろん、こうした未来を実現するのは容易ではない。レガシーなシステムが残る施設も多く、トップダウンで一気にDXを推進するのは難しいのが実情だ。大切なのは、部分最適に陥らないこと。部門ごとのデジタル化を進めるのではなく、ホテル全体のサービスをデータでつなぎ、シームレスに連携させる視点が欠かせない。

「我々は今後、単なるキャッシュレスシステムの提供者ではなく、ホテルのDXを伴走するパートナーとして現場の課題を理解し、将来のあるべき姿を共に描きながら、変革を推し進めていく必要があると感じています。自動精算機でのキャッシュレス決済の導入は、新たな宿泊体験への第一歩。キャッシュレス化とデジタル化の流れは、宿泊業界のサービスを根底から変える可能性を秘めています」

チェックインからチェックアウトまでをシームレスにつなぎ、生産性向上を叶えながら顧客へスムーズで豊かな体験を提供する真の意味でのホテルのDXを実現する日は、すぐそこまで来ている。

マルチ決済サービス「mPOS」

自動精算機やチェックイン機、券売機などのセルフ精算機への組み込みに適した決済端末のほか、手持ちのスマートフォンやタブレットで簡単に導入できる端末など、幅広いマルチ決済サービスを提供。宿泊施設やアミューズメント施設のほか、空港や商業施設の店舗でも多く利用されている。また、モバイル端末の特性を活かし、訪問先での料金授受や催事等でも利用いただいている。

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